多摩ニュータウンへのラブレター

【長寿・老い】

44.「幸せなホーム生活」

高橋 三ツ子 (無職) 多摩市山王下

 私には子供が三人おりますが,1970年から一人暮らしをして来ましたので,老後も子供と同居せずと考え,70才まで勤めて,多摩市の軽費老人ホームに入所しました。私が多摩市を老後の生活の場と決めたのは,自然が沢山残って居るので大田区から引越しました。入所した連光寺のホームは桜の名所でした。明るいホームで晴れた日は三階の窓から丹沢山系の向こうに富士山が見えるすばらしい所でしたが,昨年4月引越して来た,山王下の新しいホームも,道路の向こう側は八王子市の東中野公園と又この上ない環境にあり,近くの松ケ谷団地に商店があり日用品の買い物に不自由を感じません。先日防災訓練の時は隣りの看護学校の若い学生さんと,団地の方たちも参加してくださり,とても力強く思いました。これまで老人ホームと云いますと,とにかく交通の便の悪いところが多かったのですが,私のホームは多摩ニュータウンの中にあるので,こんな理想的なホームが出来たのでしょうね。

 

 

45.「多摩ニュータウン讃歌」

布施 直生(主婦) 多摩市豊ケ丘

 多摩ニュータウンの誕生と同時に入居,その時小学校に入学した次女と5年生だった長女,彼女たちもそれぞれ二児の母親となって巣立っていった。

 豊ケ丘の小高い丘の上の一角に住む私は,ある年のある日のある時,ベランダから初夏の青い空にアドバルーンが高く上がっているのをみた。万葉の歌が好きな私の頭にふっと巻20の一首の歌が浮かんだ。「赤駒を山野に放し捕りかたにて 多摩の横山歩ゆか遺らむ」その時,一千有余年も昔に歌われたこの歌の作者の哀歓が,ベランダにいる私の胸の中を風のように自然に吹きぬけていくのを感じ,悠久の時の一瞬を生きている自分をみつけたのだった。この時のこの思いは私がニュータウンに住み続けてきたことを象徴している。

 今,夫と共に私は老いに向かいつつある。ということはこの地において老いの問題を抱えながら生きるということでもある。地域を,自分をしっかり見つめ,生き生きと行動して多摩ニュータウンを「ついのすみか」としたい。

 

 

46.「50才からの楽しみ」(小・中学校の利用方法)

菱沼 紀子(主婦) 多摩市鶴牧

 多摩市のA企業で行われている講演会には老若男女500名からの人達が集まると云われています。多摩市の人達って向上心があるんだなあと感心させられています。これからふえる老人人口,定年で子育てが終わった仕事もない人生終息に近づいたではなく,50代60代まだまだ若く自分にあった生涯教育,楽しみはないかと暇をもてあましている人が増えてきています。そこで思うのです。人間元気で長生きしてもらいたいものです。自立心を持ち生きがいを持って。こんなのはどうでしょう。生涯クラブとか云って,使用がへって来る小・中学校を使い多種多様のカルチャー情報・文化芸術から始まり,料理・おしゃれ(みだしなみ)ハイキングといろんなコースを作り永年人間をして来た人の中にはセミプロの方もいらっしゃるでしょうからその方達から知恵をお借りして,人に接する事で,感心感激が得られ,いきいき人生が送れるようそんな場を作り出すのです。これから10年それぞれ興味のある場でのばして行けたら超プロが沢山生まれて楽しいではありませんか?

 

 

47.「高齢者からのラブレター」

山下 亨(無職) 多摩市落合

 いきいき多摩を目指す多摩ニュータウンは高齢化を目前に控えて様々な問題点を抱えているが,住宅政策上,見逃せないのが,エレベーターの無い5階建て集合住宅の上層階に住む人達の高齢化である。

 高齢者がアクティブな余後の人生を続けていくためには,適度な運動,地域の人達との交流は欠かせないが,加齢に伴って階段の上り降りが億劫となり,戸外へ出ず,部屋に閉じ籠もるようになれば寝たきり,痴呆への一本道を急速に歩むことになる。車椅子生活や,寝たきり老人の介護ともなると更なる困難が待ち受けている。

 エレベータの設置は構造上望むべくともないし,下層階への引越しも種々制約があって難しいのが現状で将来への不安は大きい。たくさんのお年寄りが寝たきりになって上層階に閉じこめられ,痴呆老人が部屋を徘徊する様は,街並みがいかに美しく,施設がどれだけ充実していても,これは多摩ニューゴーストタウン物語である。

 多摩ニュータウン学会が,この様な影の部分にもメスを入れ,解決への糸口を見いだしてくれたらと大きな期待を寄せている。

 

 

 

48.「未来都市はチョコレイカ」

原 秀雄(地方公務員) 八王子市鹿島

愛する街、多摩ニュータウン 

閑静で陽当り良好、緑多く、交通至便、医療・保健、学校、買物便利、

駅周辺には、商業・娯楽施設が増えた。

東から西へ開発と同時に、たくさんの人が移り住んできた。

確かに、賑やかになり、便利にもなった。暮らすうえで不自由はない。

しかし、若いエネルギーはどこに行ったのか、

周りを見れば、自分と同じ「昔青年」ばかり。

少子化の波はヒタヒタと、

高齢化の波はまち全体を飲み込むモンスターか。

ちょっと誤算か「まちづくり」、

それとも、人口規模こそ縮小すれど、「計画どおりにいっている」?

あと20年後は老人天国、

はたまた、老人パワー全開か。

そろそろ老人ホームを作ろうよ、ついでに墓地の分譲も。

愛する街、多摩ニュータウン・・・、わたしの故郷。

    最後に、「チョコレイカ」とは、「超高齢化」を今風に表現してみた。