高齢者が生きがいを持って仕事や社会貢献に参加できる社会にしたい。ところが、い
まの日本は、それには、ほど遠いところにある。
例えば、65歳以上の高齢者の自殺が多いのをみてもわかる。長らく横ばいだったが
、1997年から増え始め、98年は前年より約1300人増え、7578人と過去最高に達
した(厚生省「人口動態統計」)。10万人あたりの自殺死亡率を国際比較(97年)でみ
ると、日本はほとんどの欧米主要国より高く、イギリスの3倍、アメリカの2倍にも及ぶ。
その原因は生活苦だけではないようだ。
65歳以上の高齢者世帯の平均貯蓄高は2353万円で、全世帯平均の1・4倍ある。
公的年金の水準も国際的に見劣りしない水準に達した。他の世代に比べ、高齢者の平
均像は経済的弱者とはいえない。
自殺が増えている背景のひとつは介護地獄といわれる現実であろう。
寝たきりや手助けを必要とする高齢者は、今年中に280万人に達する。公的介護保
険が4月からようやく始まるが、全体の需要をまかなえるのはせいぜい4割程度だ。
基盤の整備度も、サービスを提供する民間企業の参入度も市町村によって相当な差
が出そうだ。
25年先には、介護を必要とする高齢者は倍増する。寝たきりの期間も長期化する傾
向にある。介護保険は深刻になる介護をただちに解決してくれるわけではないようだ。
が、問題は介護だけではない。
元気な高齢者の活用を
介護保険の認定対象となるのは、全体のせいぜい1割程度だ。元気な高齢者も増え
ている。
「より長く生きたい」というのは人々の夢だった。つい半世紀前まで「人生50年」
といわれた平均寿命は男性は77歳、女性は84歳となり、世界一の長寿国となった。
夢がほぼ実現した今、長い高齢期をどう生きるのか、高齢者を社会にどう位置づける
のかという新たな課題に直面している。
その答えをどの国もまだ見つけていない。日本でもその実験、挑戦がいま始まった段
階といっていい。
老人福祉法3条2項には「老人は、その希望と能力とに応じ、適当な仕事に従事する
機会その他社会的活動に参加する機会を与えられるものとする」とある。だが、現実は
必ずしもそうなっていない。
日本の高齢者の就労意欲は国際的にも際立って高いが、60歳を過ぎて同じ企業で
働き続けられる人は2割足らずだ。
来年から公的年金の支給年齢が繰り延べされるのに合わせ、電機大手など一部で、
65歳まで段階的に雇用延長を認める企業も出始めたが、企業でも、社会貢献の場でも
高齢者が参加できる場が、日本の社会では十分に用意されていない。
それが生きがいを失わせ、自殺の遠因にもなっているのではないか。
効率を重んじ、生産第一主義で突っ走ってきた社会風土を見直すべきだ。能力も、意
欲も、豊かな経験もある高齢者を活用しないのは社会にとっては大きな損失と考える視
点が、これからは不可欠だ。
昨年9月の総務庁推計によると、65歳以上の高齢者は2116万人で全体の16・
7%を占める。今年中にスウェーデンを追い越し、世界で最高の高齢者国となる見通し
だ。
2005年には5人に1人、15年には4人に1人が65歳以上となる。
仮に2000万人の高齢者が短時間でも仕事や社会貢献をすれば、年間数兆円もの
価値を生み出す。高齢者を社会福祉の受給者としてのみ見るべきではなかろう。保険
料を負担できる人もいる。そうなれば社会保障財政も好転する。高齢社会をいたずらに
悲観的にみることはない。
意識改革も必要
そうなるためには、社会の仕組みを変えるだけではなく、高齢者自身の意識改革も必
要だ。大企業の管理職といった以前の肩書はもう捨て去るべきだ。
変革のキーワードは「自立」と「ネットワーク」の二つだろう。その胎動も見え始めた。
例えば、入居が始まって約30年余たつ東京や大阪のニュータウンは、高齢化が進み
、退職者が続々出始めている。これまで家に帰るだけの「定時制」だったのが「全日制
」住民の仲間入りをすることになる。
18万人が住む日本最大の多摩ニュータウンに学者や官庁、大企業の退職者らによ
る「多摩ニュータウン学会」が3年前に結成された。
退職者らの力も結集してネットワークを作り、時には自治体や国にも働きかけ、住み
良い町づくりを進めようという狙いからだ。
介護保険が始まるのをきっかけに、介護を担うNPO(民間非営利組織)もいくつか
でき始めた。
NPOの設立支援やネットワーク化にあたる「NPO事業サポートセンター」(東京)が、
昨年末から全国3カ所で、NPO設立のための研修会を開いたところ、300人が参加、
その6割が男性で、その大半は退職した、もしくは退職する予定のサラリーマンだったと
いう。
NPOの参加者はこれまで女性が大半を占めていたのが、確実に変化が起き始めて
いる。
定年退職した高齢者たちが、自らが住むコミュニティーへの参加意識を持ち、それが
ネットワーク化され、大きな力を持ち始めた時、地域も日本の社会間違いなく変わる。
世界に先駆けて経験する超高齢社会の展望も開けるだろう。
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