第6回研究大会
平成13年は、国を始めとしてあちらこちらで「再生」が唱えられた1年でしたが、当学会も暮に「多摩ニュータウンの再生」をテーマに研究発表会を兼ねシンポジウムを開催しました。 内容は、2つの学生グループによる活動報告と、ニュータウンの計画に携わった川手昭二筑波大学名誉教授の基調講演、およびニュータウンの各地で活動されている5人のパネラーによるシンポジウムでした。従前の研究大会は参加者の多くが学会の会員でしたが、今回は様変わり、参加者120名のうち3分の2近くが会員外の市民で占められ、会場からは多摩ニュータウンの再生に期待する参加者の熱意がひしひしと伝わってきて、とても感動いたしました。 うれしいことに、今回の研究大会から2つの企画が芽を吹きました。1つは、従来からの懸案であった港北ニュータウン見学会の実現です。当日基調講演をされた川手さんが、懇親会の席上港北ニュータウンで研究会を主宰されていることを伺い、早速多摩ニュータウン学会との交流をお願いしたところ快諾され、善は急げと理事会で検討した結果、平成14年4月中旬に実施することに決定、最初は多摩ニュータウン学会学会側が港北ニュータウンに押しかけることになりました。 詳細は日程がまとまり次第会員の皆さまにお知らせしますので、多数ご参加をお待ちしております。 もう1つは同じく理事会で、5月の総会時に「明日のニュータウン」をテーマに、多摩・港北・千葉・筑波の関東4大ニュータウンの研究者・活動家をお招きして、シンポジウムを行うことに決定しました。基調講演は法政大学の高橋賢一教授にお願いする予定です。 筆頭理事:田一夫 |
第二部(シンポジウム)13:00〜16:30 (京王線・小田急線・都市モノレール「多摩センター」駅より徒歩5分) @学生による研究発表会(10:30〜11:30) Aシンポジウム(13:00〜16:30) パネルディスカッション:(以下、あいうえお順) コーディネーター:
問合先:多摩NT学会 広報担当:植月 |
シンポジュウム
多摩ニュータウンの再生
今、多摩ニュータウンでは、都と公団によるハードとしての街づくりがほぼ終了し、産官学民連携で街の機能を育てていく新たな成長ステージに入っています。豊かで成熟した街とはどのようなものか、21世紀型の街づくりに向けて動き始めている人たちの実践事例をご紹介しながら、これからの街づくりを皆さんとともに考え議論する会としました。
研究発表とシンポジウムの詳しい内容は、春に発行予定の「学会誌」でご紹介します。ここでは、その概要についてご報告します。 (文責:多摩TN学会 広報担当:植月真理) |
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基調講演:川手昭二氏(筑波大学名誉教授)
「私が考えるこれからの多摩ニュータウン」 | |
1.都市は成長し、変化するもの 1962年、新住宅市街地開発法(新住法)が制定され、東京都は首都圏のスプロール現象(無秩序に郊外に住宅地が拡大すること)を防ぐために、大規模かつ計画的に住宅を供給する方針を定め、ここから多摩ニュータウン開発のマスタープラン作成が始まった。 通常の都市計画と異なり、多摩NT開発では長期視点に立って決定した部分と、時代に合わせて変えるよう未決定の部分を包含している。前者は都市基盤(インフラ)部分、後者は住宅部分である。 |
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多摩は東京の大緑地帯なので、緑のなかに都市を埋め込み、しかも道路・鉄道・河川・公園などの都市基盤は、子々孫々まで財産として使えるように充分な余裕を持たせた設計にし、30年かけて作った。また、丘陵地であるため斜面を緑地として残し、上面を造成し住宅面にした。こういう形で里山を残すあり方もあっていいのではと思う。住宅部分は時代の変化に合わせて変えていく設計思想をとった。 2.連合都市構想 多摩NT開発は団地づくりではない、都市づくりである。1965年にいわゆる「65年プラン」と称する計画を打ち出した。つまり、八王子・立川・町田・相模原など既存都市のエネルギーと多摩NTをつないだ連合都市地域とすることで、企業などの機能誘致を加速させるねらいだった。各都市の中心地は完備された交通施設によって結合されるべきで、モノレールもその一環。 しかし、1990年代にこの計画は中断された。今、都心回帰が進んでいるが、公式決定とも言うべき都市計画に基づいて住宅を構え、オフィスを立地させているのに、都心中心主義に戻ってしまうのはいかがなものかと思う。 一方で、尾根道路に沿って高尾山のほうに行く武蔵野の道を緑地化する工事を都は着々と進めている。乞田川流域の歴史と文化の散歩道など、電車を使って駅から広域にハイキングを楽しめるような東京西部の大緑地帯を、後輩たちが進めている。50年かけても作りたい。やめるべきではないと考える。 3.都市づくりの総合評価 「多摩NTはオールドタウン」「多摩NT開発は失敗」とか言われるが、そうだろうか。郊外の需要を奪った都心一極集中政策のほうが間違っている。21世紀型の都市づくりに転換する必要性がある。 多摩NTの都市基盤は、最先端技術を投入して時代の変化に対応できるようなしつらえにしてある。時代とともに生活水準は上がり、都市も変容していく。基盤はしっかりあるので上モノは行政財産管理の視点ではなく使用者の視点で、ニューマンスケールで演出・手直ししていくのが望ましい。 講師プロフィール :1951年、日本大学理工学部建築学科卒業。1956年、東京大学工学部大学院終了。1977年3月まで日本住宅公団に勤務。多摩NT、港北NTの企画・設計に携わる。1978年以降、筑波大学社会工学系教授、芝浦工業大学システム工学部教授を経て、1994年5月、筑波大学名誉教授に。主な著書として『都市開発のフロンティア』(鹿島出版)。 |
パネルディスカッション
パネルディスカッションでは、目下多摩NTで住宅問題や新しい街づくりに関わっていらっしゃる方々からそれぞれの活動のねらいや状況、課題と展望を語っていただきました。
なお、細野助博氏(中央大学総合政策部教授/多摩NT学会理事)のコーディネートによるパネリストとのやりとり内容についても、できるだけ取り入れてまとめています。 |
●秋元孝夫氏(NPO法人フュージョン長池「夢見隊」隊長) | |
NPOフュージョン長池での夢見隊活動(コーポラティブ住宅を多摩NTに)は、現在、1号プロジェクトの1棟目の建物が着工し、2003年には残り5棟も着工する。同年7月からは14世帯そろってのコミュニティが始まるが、すでに入居者相互のつきあいも生まれており、当初の目的であった団地型コーポラティブ住宅の完成に向けて一踏ん張りといったところである。都や公団が多摩NT開発から撤退し、実質的に多摩NTの計画的なコントロールができなくなっている感があるが、市民レベルの小規模な開発も含めて、市民参加の街づくりの活動を進めていければと考えている。 |
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多摩NTという大規模な開発は国がリスクをヘッジする形で進んできたのだが、それも限界に達したのが今日だと理解している。ゆえに南大沢周辺は大規模開発ラッシュだが、購入者にリスクを負担させる住宅供給が行われている。反対にすでに開発が終わり20年30年と経過した多摩市のNTエリアでは分譲建物に対する個人の負債は殆ど返済されており、いわば優良資産が蓄積されている地区とも言える。 建物のストックを有効に活用し、不足したものを補って行くことで都市は循環するもので、多摩NTには30年のサイクルが居住者の移動をうまく誘導する要因が生まれ、地域内での人の循環を生み出しているように思える。幸い、多摩NTの建物はコンクリート造で、70年や100年は十分持つ構造になっている。こうした資産が集積した地域はまれで、それも半分が個人資産として団地管理組合という組織が管理している環境は他にはない。つまり、ヨーロッパが石の文化で耐久性能の高い家があることが、住宅が個人資産ではなく社会資産になりうる前提となったように、日本の中でもニュータウンにあってはまさに社会資産の継承が可能なのだと考えている。 ●加藤 輝雄氏(諏訪2丁目住宅管理組合 建替え委員会 代表) |
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高度成長期の都市流入労働者の蓄積地として、国策の一環として東京都と公団によって作られた人工都市に血肉を与え、街としての内容を形成してきたのは居住者であることを忘れてはならない。石原都政は経済効率で都心部・湾岸部に都市再生として規制を緩和する反面、次の展望を提起しないままニュータウン事業の終息を宣言し、ニュータウンを抱える行政は「守り」に入り現状維持に汲々のようにみえる。ニュータウンの個性と優位性を提言し押し広げていく努力を怠ってきたツケがバブル崩壊後の現在急速に回ってきている。 |
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諏訪団地は1971年に入居が始まり、築32年目を迎える。5階建てでエレベーターは無い。640世帯の2割が初期入居者である。環境は非常によく、ここにずっと住み続けたいという希望者は9割を超えており、将来を見据えて建替え問題を10年以上前から検討してきた。しかし、容積率・建蔽率の規制が壁だった。阪神淡路大震災の後に規制が緩和され、98年からようやく実現に向けて動き始めている。住民の意志や経済状況を尊重して「緑重視の建替えゾーン」「資金重視の建替えゾーン」「建替えしばし見送りゾーン」に分け、自立した市民として緑の環境を保全しながら進めたい。 ニュータウン再生にあたっては、決してオールドタウンなどと言わせることなく、「三無世代」「ニューファミリー」「団塊世代」などと言われてきた人々のあり方と知恵をより合わせて、ニュータウンの[個性]と[優位性]を開発していくことが問われていると思う。その意味で、諏訪2丁目の住宅問題はここ特有の問題ではない。諏訪・永山・愛宕など、初期入居地区の住宅問題解決なくして、ニュータウンの展望はないというつもりで取り組んでいる。 ●田村 一夫氏(多摩市くらしと文化部 部長) |
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多摩センターに商業的な魅力を取り戻し、団塊の世代や若者、高齢者たちなど「こだわり」を持つ人たちも集える元気なところにしていきたい。今年は都下最大級のクリスマス・イルミネーションで賑わっている期間、温かい食べ物を提供できるよう実験的にフードカーを設置してみた。駅から続くペデストリアンデッキは道路施設で色々規制があるが、今後お洒落なオープンカフェやヘブンアーティストといった路上パフォーマンスも楽しめる場所にしていけるよう、できるところから実現していきたい。 2002年11月に多摩市は業務核都市に指定された。 |
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何をするのかまだ明確には定まっていないが、スピード重視で多摩センターの活性化を機軸としたハイナレッジセンター構想を進めている。多摩には大学や高い専門性、豊な経験を持つ元気な高齢者が多い。NPO活動も盛んな街である。多摩市では、こういった多様な知恵をつないで、例えば地域密着型のコミュニティビジネスを立ち上げる際のサポートや、ビジネスマッチングのハブのような機能をハイナレッジセンターに持たせたい。 市(行政)だけでは限界があるので、大学・企業・NPO・市民協働で実現化していきたいと考えている。10年後の多摩市に期待していただきたい。 ●橋本 正晴氏(多摩NPOセンター運営協議会 代表) |
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ニュータウンは2025年には65歳以上の高齢者の率が25%を越える。高齢化は灰色の将来とみなされているが、人生経験を積んだ高齢者はナレッジ(知能)の塊である。若者には力と行動力があるが、知識の面では高齢者に及ばない。蓄積された知識・人脈を有効に活用すれば、ニュータウンから新しい情報が発信できるはずである。高齢者を元気づかせて知恵を出させる。これから多摩NTを文化・芸術のマイスターや匠の街とする将来像が描ける。 このためには、先ず彼らを病気にしない健康的な街づくりをする。 |
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さらに、近隣大学の若者と協働するバリアフリー・コミュニティを構築する。そして、あらゆる職種の技能、知識を掘り起こす。ニュータウン地域になければ招聘する。作業場、教室は廃校など遊休施設を利用する。現に多摩NPOセンターは廃校を使って47のNPO団体の運営拠点になっている。NPOの強みは、インターネットを使って全国にネットワークを作れること。ニュータウンに居住する多くのIT関係者を結集して多摩を中心に創生ネットワークを構築し、ITを駆使して世界の知恵をも集めて新しい文化芸術・ファッションやあらゆる情報モデルを世界中に発信したい。 ●吉岡 俊幸氏(八王子市立鑓水中学校 教頭) |
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地域融合のシンボルとしての「鑓水地域フェスタ」について報告したい。本校学区域は、鑓水商人などの歴史と誇りを持つ地域、および、ここ数年で他地区から転居された方々が暮らす新しい地域で構成されている。この新旧地域の間に存在する壁、新しい地域の中にさえある「見えない壁」を乗り越え、地域やそこに集う人々が一体感を共有できる機会、児童・生徒の健全育成や社会参加・貢献の場として、フェスタが位置づけられている。 フェスタ実現のため、学校関係では多摩美術大学・都立南大沢学園養護学校・育英高等専門学校・八王子市立鑓水小学校・めぐみ第二保育 |
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園、地域からは鑓水町会・鑓水団地・鑓水第二団地(平成11年3月竣工)・パークフィーネ(14年3月竣工)・トミンハイム・絹の道一番街・南大沢コミュニティ、他にも柚木児童館や南大沢テニスクラブなど各種団体や個人に協力を要請してきた。小中高大、すべての学校と市民が手を組んで、地域の元気作りに取り組んでいる。 多摩NTのはずれにある鑓水は、交通アクセスはまだ不十分な地域だが、今、旬で元気がいい。フェスタに来て、観て、味わってほしい。地域の力が結集されている。 |
学生による研究発表
今回の研究発表は、学生が地域社会と連携して成果をあげた事例です。パワーポイントやデジタル映像を駆使して視覚的にも訴求効果の高いプレゼンテーションでした。ここで映像や数々の写真・図面をお見せできないのが残念です。
●中央大学細野ゼミ:多摩センター クリスマスツリーに関するイベント研究 クリスマスイベントを盛り上げて通常以上の集客を図り、街の魅了再発見やパブリシティ効果で街のブランドを向上させようと企画に取り組んだ。本プロジェクトのチームは、多摩地域に立地する中央大・東京工科大・恵泉女子学園・大妻女子大・法政大の学生約40名。これを「学術・文化・産業ネットワーク多摩」(大学・企業・行政・NPOからなる連合体)が後援してくれた。 「クリスマスは多摩で!」を合言葉に、多摩センター・立川・八王子を結んだイベント“Jingle Triangle Bell Festival”を企画・運営。多摩センターではクリスマスツリーの点灯式当日に、音楽演奏・クイズ&スタンプラリー・ゲーム露店などを開催した。サンタクロースが出演するゲーム露店では多くの子どもたちが楽しむなど、4千人の集客があった。(ビデオ上映で当日の状況を紹介)同様に立川・八王子でもイベント実施することで、それぞれの地域の独自性を出そうといういい刺激にもなった。 本イベントは、新都市センター開発・多摩センター連絡会・多摩市・地元企業等が連携して実現したもの。ご協力に感謝している。また、私たちはこの活動を通して、社会常識やフェイス to フェイスの(足を使って出向いて対面で話す)関係性の重要さを学ぶことができた。 イベントは継続してこそ意味がある。今後もクリスマスシーズンの多摩を盛り上げたい。 ●多摩美術大学環境デザイン学科:多摩ニュータウン内保育園の園庭デザイン 環境デザイン学科では、5年前より産学協同のプロジェクトを取り入れている。社会のニーズに応える提案をしながら学ぶ。 2001年10月に、せいび保育園(八王子市)から園庭の改修を受託した。園の要請事項を汲み取ったプレゼンテーションを繰り返しながらデザイン設計を進めた。 コンセプトは、「水を楽しむ・緑を楽しむ・自然エネルギーを感じて遊ぶ」。園内に築山を作り、園庭の周囲には実のなる木々を植えて、敷地外との空間を分断。園児が遊びに集中できる空間を確保した。園外側では木々の下にベンチを置き、地域市民が憩える場とした。遊具は置かず、自然の地形の中で自分で遊びを作り出すような設計にした。築山の横に砂場を設け、井戸からポンプで水を汲み上げて、泥んこ遊びができるようにしている。築山の中央部分を大きなスロープにして滑り台的に遊べるようにした。その両側は、ロープや石を植え込んでよじ登れるようにしている。園庭全面を芝生で覆っているので、園児はどこでも転がりまわって遊べる。正面玄関には、ガラス素材を使って園名を掲示した。向こう側が透けて見えるので、ドシッとした存在感を持ちながら、圧迫感はない。玄関から園に入る小道には、コンクリートにビー玉を植え込んで、光が楽しめる導線とした。真夏の炎天下、コンクリートが固まる10分の間にビー玉を埋め込む作業には苦労した。 実際の施工は初めての経験だったが、ガラス科など学科を越えた協力や、学生仲間が総動員で手伝ってくれたこと、そして子どもたちが大喜びでビュンビュン遊んでいることが、何よりの成果であった。 |