諏訪二丁目の遊歩道を南に進み、右側の分譲住宅は狭いが安いために入れ替わりが激しく、多摩ニュータウンの登竜門に成っているとの事でした。次に、諏訪三丁目のタウンハウスの中を通りました。ここは大人気で何百倍もの競争率で有り、それ以後のタウンハウスの先鞭をつけました。
この地区は、入居開始時人口密度が高く、同年代の若い人が沢山入居したため予定の学校の配置で不足し増設した、それが今余り廃校が進められています。
諏訪五丁目の医者村では、住民の利便性を重視して各種の医院を集中して配備したが、年月が過ぎると廃業が進み、今では半数成ってしまった、最近では集中配置は止めているとの事でした。
近隣商店街は、諏訪五丁目と永山四丁目の道を挟んで設置し中規模の商店街を形成した、しかしモータリゼーションが予想以上に進み、駅前のスーパーなど大規模店に客が流れ経営が苦しく、廃業が進んでいる、今後近隣商店街をどのように活性化するかが課題との事でした。